個人の柔軟性
VUCA:変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)に対する、組織の柔軟性を考えるのが今回のテーマ。
このテーマでの最終回は、組織ではなく「個人の柔軟性」について。
VUCAの時代の仕事の捉え方を考えていくことで、個々人が仕事から最大の「リターン」を長期的に得るヒントを探っていきたいと思います。
また、その中で独立(個人事業主/起業家)か会社勤めかを選択する上でのいくつかの観点も提示できればと思います。
個人にとっての仕事からの「リターン」とは?
さて、仕事からの「リターン」の最大化を考える上で、そもそも個人にとっての「リターン」とはなにか?
単純化すれば次の3要素の組み合わせになります(順番は特に重要ではありません)。
1つ目の要素は安心感。
当然、自身の生活基盤を作るお金というのはあります。
ただ、仲間がいる心強さや、在宅勤務などの「ライフ」の充実つながる環境など、数字に表しにくいものも安心感という意味では重要です。
2つ目の要素は生きる意義(の少なくとも一部)。
やりがいや生きがいと言い換えても良いかもしれません。
賛同するビジョンを実現したいという思いで、非営利団体で働く人は多いのではないでしょうか。
3つ目の要素は成長。
単純に自分ができることが増えていくという喜びもあるでしょうし、それによってキャリアパスが増えるという実利的な部分もあるでしょう。
特にキャリアの浅い人などは、この点を仕事選びで重視することが多いのではないでしょうか。
この3要素の合計を最大の状態に保っていることが、仕事から最大の「リターン」を得ているということだと思います。
ただ、個人の中でもキャリアのステージやライフステージによって、時には単に心情の変化によってもこの3要素の優先順位が変わります。
加えてVUCA時代では、自分側が変わらなくても環境が今のままの働き方をずっと続けることを許してくれないということも増えるでしょう。
だから、長期的に仕事からの「リターン」を大きく保つためには、自分の優先順位の変化、環境の変化に合わせて、仕事への関わり方、仕事内容を柔軟に調節できることが重要になります。
ここからは、仕事への関わり方、仕事内容を柔軟に調節しつつ、「安心感」「意義」「成長」それぞれをどうしたら最大化できるかを考えていきます。
「安心感」の最大化
「安心感」という意味では、自身の生活基盤を作る報酬が重要な要素になります。
だから、まずは報酬を維持できる確率、高い報酬を得る確率を高めるためにどうすればいいかを整理しましょう。
そもそも仕事とは自分の労働(時間)・商品・サービスを買ってくれる人がいてこそ成り立つもの。
そのため、その労働・商品・サービスの付加価値が高いことと、付加価値を認めてくれる顧客をみつけることが重要です;
個人事業主や起業家にとっては当たり前の話です。
一方で、会社勤めの視点からはこのように見えにくいのかもしれませんが、雇用契約を結んでいる会社=顧客と見れば同じことが言えます;
違いがあるとすれば契約形態;
個人事業主/起業家の場合:
複数顧客短期契約(金額は毎回協議)
会社勤めの場合:
一顧客限定長期定額サブスクリプション契約
見方を変えれば、「付加価値を認めてくれる顧客の探し方」が、独立(個人事業主/起業家)と会社勤めの違いであるわけです。
就職活動、転職活動というのは基本的に1本釣りの大口顧客を探していく活動です。
一方で、個人事業主/起業家は、顧客ポートフォリオもしくはマーケットを作っていく活動といえます。
独立(個人事業主/起業家)か会社勤めかという選択をするのであれば、どちらの方が「付加価値を認めてくれる顧客」にたどり着きやすいか、維持しやすいかという観点が不可欠になります。
独立でも会社勤めでも共通なのは、「付加価値の高い労働・商品・サービスを提供できる」ことが報酬を維持、高い報酬を得る確率を上げることになります。
しかもVUCAの時代においては、求められる付加価値も日々変化するわけで、環境変化に合わせて自分が提供できる労働・商品・サービスを日々アップデートし続けられる柔軟性が重要になります。
それができれば、「安心感」の他の要素である「ライフ」を充実させる職場環境や仕事のやり方も手に入れやすくなります。
それは個人事業主や起業家だけでなく、会社勤めの人も同じです。
転職があまり活発でない日本ではそうでもありませんが、多くの他の国では、転職時の条件交渉は転職エージェントに任せるのではなく自ら行うことが当たり前です。
求められるサービスを企業に提供できる人材は、報酬だけでなく職場環境や働き方自体についても高い交渉力を持つようになります。
例えば、米国本社勤務扱いであっても自国からリモートで働いたり、管理職だけれども週3日のパートタイマーとして働くといった人が多いのもそのためです。
また「安心感」という意味では、「仲間がいる心強さ」、衛生要因(Hygine Factor)として考えれば「煩わしい人たちと協業することを避けられる、最小化できる」という点も重要になります。
この点は、「同じ意義・目的を共有できる人の見つけやすさ」にも絡むため、次の「意義」の最大化の中で併せて考えます。
「意義」の最大化
<「意義」と「安心感」の四象限>
仕事から「意義」をいかに得るかを考える場合、「報酬を維持できる/高い報酬を得る確率」とは別の軸が必要になります。
やりがいも高く、報酬、職場環境、仕事のやり方も希望通りになっている状態の1がもっとも良いわけですが、中々そうなるのが難しい。
だから、一足飛びに1になることをなんとなく夢見るのではなく、きちんと1に近づく方法を考えていく必要があるのだと思います。
2から1へ、4から3へ行く考え方については「『安心感』の最大化」で書いた通り。
3から1へ、4から2へ行く考え方は大きく分けて2通りがあると思います。
1つ目の考え方は、今やっている仕事にやりがいを見つけること、今やっている仕事を好きになるように努力することです。
少し古臭い考えに感じる人もいるでしょうが、自分でやりたいこと、ビジョンを持たない場合、この方法が実は一番近道という可能性もあります。
もう1つは、やりがいのある仕事に巡り合うまで、仕事を変えていくことです。
ただこれには、永遠と仕事を短期に変え続けることになるリスクと、やりがいがある仕事には巡り合うが報酬が減る・不安定になる(3→2)リスクとがあります。
例えば(死後かもしれませんが)脱サラしてやりたかった飲食店を始めるなどは後者のリスクに当たるでしょう。
この方法を選ぶ場合は、ぼんやりとでも自分のビジョンや軸があること、3→2になる時期があっても最終的には1にたどり着く計画をしっかり持っていることが重要だろうと思います。
3→2ということを悩む人もいれば、2→3ということに悩む人も多いと思います。
例えば「非営利団体」で働いている人が、高いスキル、経験を持っていても、高い報酬を得られないということは少なくないと思います。
このような人の中には、結婚や子供を持つなどのライフステージの変化や燃え尽き症候群などで、やりがいはそこまではないけれども収入が高い仕事に移ろうか悩む人もけっこういらっしゃるようです。
おそらくここで大切なのは、2⇔3のトレードオフ、2択に陥らないことであろうと思います。
お金を稼ぐための仕事とやりがいのための仕事を分ける、より収入が良い仕事の中でも既存のやりがいがある仕事に繋がるものを選ぶといったことなどはやり方次第ではできるのではないかと思います。
また釈迦に説法で恐縮ですが、非営利団体であっても稼げる仕組みを団体全体で考えることも重要だと思います。
<意義の単位>
さて「意義」という意味では、この四象限の考え方とは別に「意義」の単位というものも考えないといけません。
日々の自分のやったことによって直接顧客に喜んでもらうことを積み重ねていくことにやりがいを感じる人がいます。
一方で、達成までに時間がかかる大きなプロジェクトを成し遂げることにやりがいを感じる人もいるでしょう。
どちらが良いやりがいとか、意味があるやりがいということは絶対ないです。
しかし、特に後者(単位が大きいやりがい)は多くの場合一人ではできないという点が大きな違いになります。
自分と同じようなビジョンを持ち、そのプロジェクトに関わりたい希望や義務感がある人に集まってもらう必要があります。
この違いが、独立(個人事業主/起業家)か会社勤めかという選択をする上でのもう一つの重要な観点になります。
普段会社勤めをする中では、腹の立つ上司や同僚、部下ばかりのように感じる人もいるかもしれません。
しかし、大きなプロジェクトをする上でのメンバー集めという意味では、会社勤めの方が個人事業主や起業家よりはるかに楽なケースが多いと思います。
同じ会社であれば、メンバー候補の人の情報はある程度ありますし、お互いスキルや能力も見えやすい。
加えて、入社の時点で本人がその会社のビジョンに賛同しているという前提は必要ですが、広い意味では同じようなビジョンを共有しているというのも大きい。
また他社との協業で行うプロジェクトの場合でも、個人事業主や駆け出しの起業家に比べれば、会社のブランド、信用度の点からはるかに協業相手を見つけやすいという利点があります。
逆の見方をすれば、個人事業主や駆け出しの起業家が、単位が大きいやりがいを目指すのであれば、このメンバー集めに労力が相当かかることを覚悟する必要があります。
人を探すネットワーク、資金、集まってもらうだけの信用等を積み上げていかならければならないでしょう。
もちろん、「安心感」の中で触れた「仲間がいる心強さ」や「煩わしい人たちと協業することを避けられる、最小化できる」から、本当に仲の良い人とだけ仕事をしたいから、独立するということもあると思います。
この場合、自分にとってのやりがいの「単位の大きさ」と、自分が集められる仲の良い人たちの数やスキルとのバランスを見極め、そのギャップを埋める方法をしっかり用意しておくことが重要になるかと思います。
独立はメンバー集めが大変とは書きましたが、フリーランサーや副業をする人が増える中で、そのような人たちとのマッチングサービスも増え、協力してくれる人を探せる環境は以前よりははるか整ってきています。
特に「大きな単位のやりがい」を目指した独立では、こういう意味での事業環境の変化に対して敏感であることが、目標の実現に近づく要件になるのではないかと思います。
「成長」の最大化
ポジションやステータスといった部分を一旦脇に置いた場合、「成長の喜び」とは、青臭い言い方をすればなりたい自分になるということなのかなと思います。
もう少し分解して言えば、自分が伸ばしたいスキル、経験を伸ばせるということだと思います。
仕事で考えるとわかりにくいですが、子供の頃に自転車に乗れるようになるとか、泳げるようになるとか、そういう時の喜びに近いと思います。
一方で、「安心感」のところで書いた「環境変化に合わせて自分が提供できる労働・商品・サービスを日々アップデートし続けられる」という観点からは、それができるスキル、経験を常にアップデートしなければなりません。
それらスキル、経験が必ずしも自分が伸ばしたいものでなかったとしてもです。
これは自分がやりがいがあることをしていても同じです。
自分のビジョンを成し遂げるためには、伸ばしたいスキル、経験だけでなく、伸ばしたいわけではないが必要なスキル、経験もあるわけです。
結局「労働・商品・サービスを日々アップデート」であっても「ビジョンの実現」であっても、仕事として成り立たせるためには、伸ばしたいスキルと伸ばしたいわけではないスキルの両方を伸ばしていく必要があります。
であるならば、なるべく伸ばしたいスキルが多い形で進めていく方が「成長」という要素を最大化しやすくなります。
ここが3つ目の独立(個人事業主/起業家)か会社勤めかという選択をする上での重要な観点になります。
まったく同じ労働を提供するのであっても、社員として提供する場合と個人事業主として提供する場合とでは求められるスキルセットに異なる部分がでてきます。
例えばグラフィックデザイナー(大分単純化しているのでツッコミ所はあるでしょうが、コンセプトが伝わってくれればと思います);
デザインスキル、PCスキル、時間管理力は共通して必要なスキル。
ただし、それ以外の求められるスキルは個人事業主と会社勤めでは異なります。
初対面の人に会っていくことが好きでない人が営業力を上げろと言われてもモチベーションが沸かないでしょうし、逆に一人での作業が好きな人に意見調整能力を上げろと言わてれも中々その気が起きないでしょう。
おそらく苦手なスキルを身に付けようと頑張ってみて振り返れば良かったということはありえますが、学びの初速が早いのは伸ばしたいスキルが多い働き方のほうでしょう。
また、独立か会社勤めかでの違いほど顕著ではありませんが、同じ職種でも働く会社によって、同じ会社内でも部署やポジションによっても求められるスキル、経験の違いはあります。
自身のキャリアステージ等の変化に加え、VUCAの時代においては必要となるスキルも日々変化していきます。
だからこそ自身が伸ばさなければいけないスキルの中で伸ばしたいスキルの割合を常に大きくしておくことは、「成長」という要素からのリターンを大きくするためのコツだと思います。
「 VUCAを生き抜く組織の柔軟性 」の総まとめ
今回のブログは個人の柔軟性ということで書きましたが、これは組織の柔軟性と表裏一体です。
「成長」の最大化として挙げた、伸ばしたいスキルが多いスキルセットになるような働き方を選ぶという点は、「育成の柔軟性(第4回)」で書いたコンピテンシーのダイバーシティ、体積を広げることを目指した育成を組織が行うことによって充足度が高まります。
「意義」の最大化の中で書いた、プロジェクトのメンバーを煩わしい同僚と捉えるのか仲間と捉えるのかは、「ビジョンの柔軟性(第3回)」で書いた適切なビジョンを作り、浸透できるかということと大きく関係します。
「安心感」の最大化の中で書いた、付加価値の高い労働・商品・サービスを提供できるよう努力するのは個人からだけでなく、組織からは個人がそうしやすい役割を与える、組織体制を作るということで相乗効果が生まれるはずです。
これは「組織運営の柔軟性(第1回)」で記載した内容と大きく係わります。
そして独立(個人事業主/起業家)か会社勤めかの選択は、「メンバーシップの柔軟性(第2回)」で論じたように、組織のメンバーシップを社員だけでなく外部に広げて考えていくことによって、個人にも組織にもより可能性とメリットが広がると思います。
全5回の中で論じてきたことは、組織であれ個人であれ、VUCAだから必要なことではなく、本来はどの時代であっても考えるべきことなのだろうとは思います。
ただ、VUCAの時代が特徴的なのは、他の時代以上に組織、個人、仕事の関わり合いを意識的に継続的に考えることが求められている点だと思います。
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