育成の柔軟性
VUCAを生き抜く組織の柔軟性とテーマの第4回目。
今日のブログは育成の柔軟性ということで、まずは結論から;
一方向への成長を目指した育成から、面積を広げることを目指した育成への転換が、VUCAを生き抜くためには必要だと考えています。
なぜこの転換が必要かを、「これまでの育成方針」の背景から順を追って説明していきたいと思います。
なお、一旦はコントラストがわかりやすい日系企業についてから入りますが、その後他国の企業についても言及します。
これまでの環境・事業・体制と育成方針
1950年代後半からの高度成長期から90年初頭までのバブル崩壊までの時代背景が、「これまでの育成方針」を形作っています。
大企業が次々に生まれ、オイルショックのような多少のアップダウンはあったにせよ、永遠に経済発展していくことが当たり前と人々が信じていた時代でもあります。
このような背景から、「勝てる」事業モデルを手にした大企業は、それを長期的に拡大できると信じていたし、組織体制も既存の体制が拡大していくと想定していたと思います。
だから将来の人材不足を見据え、スキルのない新卒を採用して鍛え、囲い込む、終身雇用モデルが出来上がっていったのだと思います。
企業が社会のセーフティネットの一部になるように労働法が改定されていったことも、この新卒採用、終身雇用モデル確立に寄与したと考えられます。
また、事業モデルや組織体制が規模以外は大きな変化がないと想定されていたため、必要な人材モデルもあまり変化がないと認識されていたと思います。
さらに当時は社会全体の平均年齢も若く、現在日本の平均年齢が48.4歳なのに対し、1965年当時では27.2歳とほぼ半分ぐらいの年齢でした。
この若さと、頑張れば給与も毎年大きく上がることで、成長への意欲も高かったと想像されます。
(出典: worldometer Japan Population (Live)
https://www.worldometers.info/world-population/japan-population/#:~:text=The%20median%20age%20in%20Japan%20is%2048.4%20years.)
これらの背景によって、必要な人材モデルになることを目指して若い社員を長期間かけて育成していくという方針が確立します。
そして、その最たる施策が、ローテーション、出世コース、横並びの昇格です。
目指すべき人材モデルは基本的には社長ないしは役員であり、ローテーションを行いながらジェネラリストを作っていこうとしたのは当然の結論だったわけです。
その中で特に優秀だと思われる社員たちには特定の時期に特定のポジションを経験してもらう、出世コースが出来上がります。
例えば、営業端の人でも幹部候補には一時期管理部門のポジションに置いたり、○○工場の工場長をやった人が必ず会社全体の製造統括トップに将来なるなど。
本社の役員まではたどり着けない人も当然大勢います。
しかし組織が大きくなっていくことを前提としていたため、部長や関連会社の役員などの主要ポジションまでは到達できると当時は想定され、ある程度横並びの昇格が行われていました。
バブル崩壊後のマイナーチェンジとコンピテンシーモデル
ところがバブル崩壊後の成長の鈍化により、主要ポジションがそんなには増えないことが明白になり、多くの企業が施策のマイナーチェンジを行います。
「横並びの昇格」には手が打たれ、一定階層以上は早い段階から選抜制とし、それ以外の社員は言葉は悪いですが「頭打ち」になる施策を取るようになります。
結果的に、「頭打ち」になった社員が一定の階層に大勢留まることになります。
留まった社員を活用しきれない中で、年々高齢化、成長意欲も上がらないといった状況が、多くの企業で現在まで続いているように見えます。
本来はもっと早い段階から様々なキャリアパス――例えば特定職種のスペシャリスト等――へ行けるような育成を行い、組織幹部にならなくても、社内外で活躍できるようにすべきだったのでしょうが。
このように問題を抱えながらも、全員がまずは組織幹部を目指す「一方向への成長を目指した育成」を多くの日系企業がバブル崩壊後も保持しています。
むしろ90年代に入ってきたコンピテンシーモデルによって、 真面目な企業であればあるほど、「一方向への成長を目指した育成」はさらに強化されます。
コンピテンシーとは、狭義であれば「ふさわしい行動特性」、広義であれば「知識やスキル」まで含んだもの。
コンピテンシーモデルとは、職種や組織階層ごとの役割において、高いパフォーマンスを発揮するコンピテンシーを系統立てて明文化したものです。
育成においては、社員がそれらコンピテンシーを身に付けるように促します。
後継者選びにおいては、最もコンピテンシーを身に付けている人が最右翼になるわけです。
このような定義に基づく育成や後継者選びは、やみくもに「先輩の真似をしろ」といった育成や、変な派閥争いや年功序列の順番待ちで決められるような後継者選びよりははるかに良いものです。
しかし、終身雇用による長期的な育成の考え方とミックスされてしまったことで、日系企業のコンピテンシーモデルの多くは、
- その時の事業環境、組織体制に合致した限定されたコンピテンシーだけが評価され、社員一人一人が持つそれ以外の行動特性、スキル、知識が見落とされてしまう
- トップの人材モデルを目指して全員が同じコンピテンシーを身に付けることが求められるため、同じような社員ばかりができてしまう
コンピテンシーモデルは利点も多いにも関わらず、既存のコンピテンシーモデルはむしろ問題を大きくし、さらに変化に対する柔軟性を阻害するものになっている可能性すらあります。
他国での育成方針
ところで日本以外の多くの国でも、「一方向への成長を目指した育成」ではあるのですが、その内容と前提が異なります。
欧米各国は元より、1980年代以降日本と同じような高度成長期があった/現在進行中のアジア各国においても「新卒採用、終身雇用モデル」は確立されず、人材の流動性は日本に比べ高い。
だから、 長期型ではなく短期型、場合によってはそれに加えて全員一律型ではなく選抜型の「一方向への成長を目指した育成」になっています。
基本的に各社員が会社にいる期間は数年から10年程度であること見越し、採用したポジションの仕事が適切にできる、一つ上のポジションができるようにする育成が中心。
最初から会社幹部を長期的に目指してもらうような育成方針ではありません。
ただ、短期の育成を繋げていけば会社幹部までたどり着くわけで、そういう意味で、短期型一方向への育成です。
また、先ほど触れたコンピテンシーについても、ポジションごとに必要なコンピテンシーのセットが考えられ、全員に一律に同じコンピテンシーを伸ばしてもらう考え方をしているところは少ないと思います。
このやり方の欠点は、専門領域内だけの人材育成になりがちなこと。
その欠点を補い最終的に経営者を作るために、候補者に様々な領域をチャレンジさせるリーダーシッププログラムを設けているのが選抜型です。
いずれにしても、他国では人材の流動性が高いために、企業の仕事量と人材の量・質のミスマッチの調整が比較的短期間に行われるため、VUCAの時代でもこれまでの育成方針でそこそこ対応ができています。
これからの環境・事業・体制
一方、人材の流動性が低い日本の場合、他国の企業の育成方針をまねしてもVUCAの時代を切り抜けていくことはできません。
他国の企業以上に、育成方針の転換は喫緊の課題なのです。
付け加えると日系企業の場合、その海外拠点もその国の日系企業以外の企業に比べると、人材の流動性は低いです。
ですから、成長が鈍化している国、社員の高齢化が進んでいる日系企業海外拠点では日本と同じような問題が起こっています。
ではどうしたらいいか?
まずは、これからの環境・事業・体制を、これまでのものと比較してみます;
既述した通り「若い社員がたくさんいる」状態から、「(主要ポジションに付けないことで)成長意欲が低い熟年社員の増加」へと既に状況が変わっています。
一方で転職市場が成熟してくることで、以前に比べて若手人材の流動性が高まっています。
結果的に企業から見れば、育成しても辞めていってしまうために育成の投資効率が落ちていくことになります。
事業環境も、これまでの「成長基調」一辺倒から、リーマンショック→好景気→新型コロナ禍による混乱というように、目まぐるしく変わってきています。
当然、景気後退時にはすぐに守りに入る一方、好景気にはその機会を最大限活用できるように迅速に事業モデルを変えたり、新しい事業モデルを構築していく必要があります。
そして、それに伴う組織体制の変更を頻繁に繰り返す必要が出てきます。
これも事業モデルが変化しない、組織体制があまり変わらないという前提であったこれまでの状況とは大きく異なります。
これからの育成方針
このような新しい状況においては、次のような育成方針が必要になっていくと考えます;
まず、事業環境や事業モデル、組織体制が変化することから必要とされる人材のモデルがたびたび変わる可能性が高いです。
そのため、目指すべき人材モデルが頻繁に変わる前提で、育成を考える必要があります。
例えば、人材モデルの変化が比較的小さそうな経営者のポジションであっても、事業環境が次のように異なる場合は相応しい人材モデルが変わります;
A)大きな問題が起こり、その解決に走る必要がある
⇒ 様々な人々に協力を仰ぎ、自らが頭を下げることを厭わない人
B)主要事業の種まきがち終わり、拡大させるフェーズに入る
⇒ 決められた戦略をガンガン推進できる人
C)今回の新型コロナ禍で、逆風の中で会社の損害・縮小を最小限に留める
⇒ 慎重でありながら、状況に対して柔軟な人
また、これからはDXの知識がないとうちの会社の経営は無理といった状況になることもありえます。
そうすると、これまで候補者のトップランナーだった人が突然脱落するということも起こるわけです。
ダイバーシティ&インクルージョンの議論では属性に関するものがどうしても中心になりがちで、少し踏み込んでもオピニオンダイバーシティぐらいの議論しかありません。
しかしVUCAの時代に企業の安定的な成長を考えた場合は、このような行動特性、経験、知識、スキルのダイバーシティを作っていくことも、組織内でもっともっと議論していく必要があると思います。
もう一つこれからの育成方針として考えておく必要があるのが、人材の流動化と固定化の両方へ対応できる育成です。
既述した通り、若手人材の流動化と、成長意欲が低い熟年社員の増加が同時に起こっています。
若手人材の流動化による育成の投資効率低下に対しては、まず自社でしか育成できない経験・スキルと、アウトソーシングや中途採用の人材で賄える経験・スキルを明確にすること。
その上で、自社でしか育成できない経験・スキルに育成投資をより注力することで投資効率の低下を防ぎます。
一方で悩ましいのが、流動性が以前に比べて高まったとはいえ、他国に比べると人材の流動性はまだまだ低い点。
事業や組織の変更で求められる人材モデルが変わったときに、他国では人が入れ替わることで、筋肉質なままでモデルに合致した人を増やせますが、流動性が低ければ中々その変更が進みません。
とはいえ、リストラのようなハードな施策は社員も経営も望むものではありません。
ハード施策を回避するためには、リスキルの定着が不可避だと考えます。
リスキルとは必要なくなったスキルにしがみつかず、新たに必要なスキルを身に付けていくこと。
リスキルが当たり前になるような企業文化、価値観を、熟年社員だけでなく若手社員も含めて会社全体に植え付けていく必要があります。
具体的な施策(新しいコンピテンシーモデル)
以上を踏まえた上での体積を広げることを目指した育成を、具体的な施策としての新しいコンピテンシーモデルの作り方・使い方と共に提唱したいと思います;
まずはコンピテンシーの数。
これまでと同様、今の組織体制で必要となるコンピテンシーを掴んでおくことは重要です。
しかし、「一方向への成長を目指した育成」でのコンピテンシーモデルのような、必要な項目だけに削り落としたり、定義のブラッシュアップに時間をかける必要はないと思います。
むしろ、今は必要ないけれども将来必要になるかもしれないコンピテンシー、少数意見ではあるけれども複数の社員が必要だと考えているコンピテンシーは拾い上げてモデルを作る。
これがコンピテンシーのダイバーシティを作る上では重要です。
拾い上げるだけ拾い上げた上で、「現在の環境、事業、組織体制で必要なコンピテンシー(1軍)」と「環境、事業の変化で必要になる可能性があるコンピテンシー(2軍)」を切り分けるわけです。
ここで重要なのが、1軍と2軍の切り分けや各項目の定義に時間を掛けないこと。
事業環境、事業、組織体制が変わっていくことを前提に考えるわけですから、毎年もしくは隔年程度に見直しを図り、1軍と2軍の入れ替えることを前提にすべきです。
定義も、コンサルティング会社や社員教育の会社等がコンピテンシーディクショナリーを出しているので、そこから借りて微修正する程度で十分かと思います。
ただし、先ほど挙げた「少数意見ではあるけれども複数の社員が必要だと考えているコンピテンシー」の中でも、今後必要になることはないと判断したものは、必要ないことを明確にすることです。
これが、先ほどの図で灰色の部分。
これまで必要だったスキル、頑張って身に付けたスキルが必要ないと言われるのはつらいことですが、論理的にリスキルを促し、それが当たり前という文化を作る上では大切なことだと考えます。
さてこのようなコンピテンシーモデルを作った上で、1軍の知識・スキルを全員に身に付けさせるようにするのでは、「一方向への成長を目指した育成」と変わりがありません。
ここで体積を広げるという考え方が重要になります;
(項目1 x Level) + (項目2 x Level) + (項目3 x Level) . . . . . .
このような計算式で算出した合計が「体積」。
それぞれのポジション・階層での体積の水準を設定し、各個人が色々なコンピテンシーの組み合わせて十分な体積を満たすように育成していくイメージです。
もちろん1軍の方が現時点では重要なわけで、体積の計算をする上では1軍の項目を体得している方が、2軍の項目を体得しているよりも高い配点にするなどの工夫は必要かもしれません。
また、いくつかの項目はこれまでと同様、職種やポジションによっては絶対身に付けなければいけないものとしておく必要もあるでしょう。
しかしそれでも、これまでの方法よりははるかに、各社員のコンピテンシーの多様性が尊重されるわけです。
会社全体としては、項目ごとに社員が持っている体積の合計を見て分析。体積が小さいコンピテンシーにより育成投資していくという観点で育成施策を練っていきます。
加えて、特に1軍の中で自社でしか育成できないコンピテンシーを明確にしておくことです(例では濃い青色の部分)。
ここの体積が十分でない場合は、特に重点投資ポイントになります。
一方で2軍の中で将来必要になるかもしれないコンピテンシーは、自社では育成できないコンピテンシーも含まれるかと思います。
ここに、副業の許可やプロボノ活動の推奨、留職などが、社員本人だけでなく、企業にとっても大きな意味を持ってくるのではないかと思います。
まとめと留意点
今回は、VUCAの時代の環境、事業、組織体制の在り方にふさわしい育成方針及びその中での施策について考えてきました。
育成はこれまで議論してきた、「組織運営の柔軟性(第1回)」や「メンバーシップの柔軟性(第2回)」で考えてきた、組織の運営方法や、外部メンバーにどのように活躍してもらうかとも大きく関連します。
例えば、外部のメンバーに大きな仕事を任せるのであれば、内部メンバーの育成において必要となる多様性は小さくて済むかもしれません。
また、組織運営方法については事業状況に対応しやすいという観点からだけではなく、育成のしやすさというのも場合によっては重要な観点になるかもしれません。
話が複雑になるのでその3点の関連性については言及しませんでしたが、本来はセットで考えていくことが非常に重要になります。
さて、次回はこのテーマの最終回、「個人の柔軟性」です。
VUCAの時代に個人が仕事をどのように捉え、組織とどのように関わっていけばいいのか等を色々と考えられればいいなと思っています。
© Kuroshio HR Consulting, Ltd. 2021