VUCAを生き抜く組織の柔軟性 (3回目)

ビジョンの柔軟性

 

今日はビジョンの柔軟性ということで、まずは「ビジョン」を定義してみます。

 

経営理念、経営方針、ミッション、バリュー、クレド、最近はやっているものではパーパスなど、似たような言葉はたくさんあります。

 

しかし、そのような言葉との使い分けや、「ビジョン」の語源に遡ることによる定義はしません。

 

VUCAを生き抜く組織運営の「武器」として、どのように機能してほしいか、そのためにどのような仕様であるべきかで定義します;

 

 

 

このような機能と仕様のものであれば、呼び名は何でも良いのですが、一応この後も便宜的に「ビジョン」と呼びます。

 

 

機能人々を惹きつけ

前回の「メンバーシップの柔軟性」では、

  • VUCAでは、組織に必要とする人員数や人材に求められるスキル・経験の変化が激しく起こる
  • 組織に必要な人材の量・質を適切に調整するためには、社員だけでなく提携企業や提携フリーランサーまでを組織の「メンバー」と捉えて運用する必要がある
  • そのためには雇用契約、提携契約がある「メンバー」は元より、現在契約がない「休メンバー」「未メンバー」も惹きつけておく必要がある

ということを書きました。

 

(詳しくは前回のブログを;)

VUCAを生き抜く組織の柔軟性 (2回目)

 

そうした中でビジョンは、優秀な社員が組織に残ろうとする理由の一つとして、質の高い仕事をできる人気の企業,フリーランサーが優先して提携してくれる理由の一つとして機能しなくてはいけません。

 

パーパスの定義であるような社会的意義、存在意義といった高尚なものである必要は必ずしもないとは思います。

ただ、最低限「面白そうだな」「いいな」と、多くの人に思ってもらえる必要はあります。

 

特にオープンイノベーションということを考えているのであれば、自組織がどんな技術や知識を差し出せるかだけでなく、どのようなビジョンを差し出せるかも重要になると思います。

 

 

機能各判断の基準の一つとなり、主体的な行動を促す

VUCAにおいて、計画された戦略の有効性はますます低くなり、賞味期限もますます短くなってきています

 

一方で、状況が合わなくなったからといって、新しい戦略を立てている時間はありません。

競業他社は動き続け、時間の経過と共にビジネスチャンスは縮小していき、リスクと損失は拡大していきます。

 

また、職務記述書や目標設定で決められたことしかできないメンバーだけではVUCAには耐えられないでしょう。

そのようなイレギュラーな状況において、メンバーは自ら考え行動をしてもらわなければならない。

 

加えて、多くのグローバル企業においては、各国の拠点が現地の事業環境に合わせて自律的に動いてもらうことが、今後の事業拡大において不可欠です

 

(グローバル企業の経営についてご興味ある方は、「事業がぐんぐん伸びる、グローバル化の捉え方(全8回)」をご覧ください;)

事業がぐんぐん伸びる、グローバル化の捉え方(第1回)

 

 

つまり、戦略だけに頼らず、日々の行動の中で各自が判断しなければならない場面も、重要度もますます増えていきます。

その中で、組織の各拠点、各メンバーがバラバラの判断をされては組織として動けなくなるので、ビジョンを判断基準の一つとして機能させることは非常に重要になります

 

もちろん諸々の状況によってはビジョンから後退する、反する判断をしなければならない場合もあるでしょう。

そのような場合も大切なのは、ビジョンから後退する、反する判断をしたと認識することで、その後のアクションで再びビジョンに向かっていけるようになることです。

 

VUCAにおいては、「計画される戦略」の有効性や賞味期限を高める努力をすること以上に、ビジョンに基づく現場での判断力の向上が重要になります*1。

 

 

機能新しい事業・商品が発想できる

VUCA:変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)という言葉からはピンチばかりが想起されがちですが、チャンスの拡大と増大でもあります。

 

そのチャンスを掴み最大限に生かすためにも、新しい事業・商品の発想が次々できることが今後益々重要になります。

 

ビジョンはその発想を助けるために機能する必要があります。

必然的にビジョンは、内向きのものではなく外に開けている、社会性がなければいけません。

 

例えば「社員を幸せにできる会社でありたい」という言葉は、人事コンサルタントの立場からはそういう会社の仕事をしたいなと思います。

しかし、外に開けているものではなく、新しい事業・商品発想はしにくいと思います。

ですから、今回定義しているビジョンとしては不適合なものになります。

 

 

良いビジョンの具体例

各企業はビジョンという言葉では説明していないもの、今回のビジョンの定義に当てはまるものを集めてみました(導入年を記載 / 現在はすでに使われていないものもあります)。

 

一瞬も一生も美しく

(資生堂/コーポレートメッセージ/2005年)

 

 

やがて、いのちに変わるもの。

(ミツカン/ビジョンスローガン/2004年)

 

 

目の付けどころが、シャープでしょ。

(シャープ/コーポレートスローガン/1990年)

 

 

セブン-イレブンいい気分。

(セブン-イレブン・ジャパン/キャッチコピー/1978年)

 

 

各企業や関わったコピーライターの方々の元々の意図とは異なるかもしれませんが、私なりの解説をします;

 

新しい事業・商品が発想できるという観点から見ると、資生堂やミツカンの「ビジョン」が、化粧品や食品という言葉で限定されるよりも、はるかに広がりがあります。

加えて、どちらもその会社がやっている事業を正確に、(これは私の主観も入りますが)魅力的に語っており、人々を惹きつけるものにもなっていると思います。

 

また、「お客様を大切に」よりも「(お客様の)一瞬も一生も美しく」と言われた方が、「安全、安心を」よりも「いのちに変わるもの」と言われた方が、その企業らしい行動の判断基準として、社員の心に残るのではないかと思います。

 

一方で、「目の付けどころが」や「いい気分」は、その言葉だけでは特定の企業や事業のものではありません。

 

しかし、世間では「液晶のシャープ」と呼ばれ、会社自体も液晶事業を中核に持ってきていた時代背景を考えると、新しい事業・商品が発想を広げる上では「目の付けどころが」といった広い言葉もふさわしかったと思います。

 

また、すでに大手ではあったけれども一番手ではないという時代に、競業他社の追随はしないぞという判断基準にもなっていたと想像します。

結果、水で焼く「ヘルシオ」、カメラ付き携帯電話、携帯情報端末「ザウルス」などの当時としては画期的な製品を世の中に送り出しています。

 

それら製品と相まって、「目の付けどころが、シャープでしょ。」は人々を惹きつける魅力にもなっていたと思います。

 

セブン-イレブンも、1978年という時代を考えれば「7時~23時まで開いている(一部はすでに24時間営業の)食料・雑貨店」という機能性のアピールだけでも十分伸び代があったと思います。

競業他社も出始めていたとはいえ、当時であればまだ業界全体として一緒に認知度を高める時期で、差別化の重要度も高くなかったと思います。

 

その中で「いい気分」という「モノ」ではなく「コト」に焦点を当て個性としたことは、宅配便の取次サービスや公共料金収納代行サービスなど、80年代に新しい事業を生み出すことを助けたのではないかと思います。

 

また、商品ラインナップに加え、レイアウトや照明の位置・明るさ等の日々の改善行動の判断基準にもなっていたのではないかと推測します。

 

 

さて、取り上げた挙げた「ビジョン」は、仕様においても模範になります。

ここからは再度これらを例に挙げて仕様を説明しようと思うのですが、その前に回りくどい話をちょっと。

 

組織のビジョンは、実際はきっと無数にあるんだろうと思います。

少なくともその組織に関わる人々分ぐらいはあるんだろうと思います。

 

しかし今回ビジョンとして定義しているものは、意識化され、言語化され、共有化されるビジョンです。

言語化され、共有化されるからこそ、その仕様も定義に入ってくるわけです。

 

 

仕様その組織の良い個性として納得感がある

人々を惹きつけるための方法を説明するのは難しいですし、逆に色々な方法があると思います。

 

ただ、人々を惹きつける上での最低条件はあります。

その最低条件が、その組織の良い個性として納得感があることです

 

例えば、セブン-イレブンが「一瞬も一生も美しく」で、資生堂が「いい気分」だと結構違和感があると思います。

 

先に必ずしも「社会的意義、存在意義」といったものでなくても、「面白そうだな」「いいな」と思ってもらえるものであれば良いと書いたのも、この納得感の観点から。

 

正しく「社会的意義、存在意義」を見つけられ表現できるならそれが一番良いですが、無理やりひねり出したこと、言葉遊びになってしまっていること、どこの組織だって言いそうなことであるならば、納得感は生み出せません

 

また、その組織の良い個性ということは、その組織がそれまでしてきたこと、新しい会社であれば創業者がしてきたことの一部を引き継いでいるということ。

全く新しいものをビジョンとするのではなく、自分たちがやってきたことの中で未来に繋がるものをビジョンとするのです

 

例えばシャープの「目の付けどころが」というのは、創業者の早川徳次さんの「まねされる商品をつくれ」という考えや、ラジオやテレビの時代の到来を早くに見つけたというストーリーをしっかりと受け継いでいます。

 

もちろん過去の成功体験だけにしがみついただけのものはビジョンにはなりえませんし、そのさじ加減は難しい。

だからこそ「面白そうだな」「いいな」と感覚的に多くの人に思ってもらえるかどうかが重要な指標になります

 

 

仕様簡単に覚えられる

ビジョンはその機能として、各判断の基準の一つとなり、主体的な行動を促すものでなくてはいけません。

だからこそ、簡単に覚えられてすぐに思い出せるものでなくてはいけません

 

経営者が色々な思いを詰め込みたい、社員皆で作ろうとすればどの意見も削りにくくなって、結局長々とした覚えられないビジョンができてしまうというのは心情的にはわかります。

しかし、使ってもらわなければビジョンはビジョンとして機能しません。

 

内容としても表現としても簡単に覚えられるビジョン作りのヒントとして、「やがて、いのちに変わるもの。」の作成に携わったコピーライターの岩崎俊一さんの言葉があります*2;

 

そもそも、その企業の全体像を十数文字のなかにおさめようとすることは、とても難しいことなのです。なので、全体を言おうとするのではなく、その企業の「ど真ん中」である「中心価値」を言ってあげる。それがスローガンのコツだと思うのです。

 

これはライオンの「今日を愛する。」というコーポレートスローガンの作成について語った中での言葉ですが、今回のビジョン作りにおいても適用できると思います。

 

ただ「ど真ん中」を見つけられたとしても、コピーライターのような誰の記憶にも残るような表現を作ることは中々難しいかもしれない。

 

だから、ビジョンを組織のメンバー全員に浸透させるには、ビジョンを掲げるだけではダメで、組織のメンバーに様々な形でPRしていく努力が必要になります。

特にその中でも、使い続けることエピソードを集めていくことが重要になると思います。

 

組織のトップ、各部門や各(海外)拠点の責任者が、重要な判断においてビジョンを判断基準の一つとしてきちんと使い、それを社員に説明するということを繰り返さないと、組織のメンバーまで浸透・定着するわけがありません

 

また、ビジョンについて長い説明をつけるよりも、ビジョンができる元となったエピソード、ビジョンによって実行されたエピソードを集め、組織のメンバーに共有していくことが、ビジョンの浸透には効果的だと考えます。

 

例えば、ホンダの本田宗一郎さんが、勲一等瑞宝章親授式へ技術者の正装はツナギだとしてツナギで出席しようと最初はしていたというエピソード。

真偽不明ですが*3、ソニーの盛田昭夫さんが、ウォークマンの試作品をバケツに沈めて泡が出たのを見てまだ小さくできると言ったというエピソード。

 

ホンダのエピソードで言えば「現場力」や「技術の追求」の説明を長々とされるよりはるかに記憶されやすいですし、ソニーのエピソードでは「品質や顧客の求めているものの追求」といったことがわかりやすく記憶に残ります。

 

このような組織の外にまで広がるようなエピソードでなくとも、創業者の話である必要もないですが、ビジョンにまつわる組織メンバーの様々なエピソードを集め、共有していくことは効果的だと思います。

 

 

仕様大喜利のお題になっている

いくら有名な落語家であってもいきなり「面白いこと言ってください」と言われるより、大喜利のお題ぐらいの制限があったほうが面白いことは言いやすいはずです。

 

新しい事業・商品を発想するときも同じことが言えるのではないかと思います。

全く何も手掛かりがないところから何か新しい事業・商品を発想してもらうより、ある程度の条件が課せられた方がおそらく色々な発想が生まれやすいと思うのです

 

そういう観点から、質の高い大喜利のお題として重要なポイントのひとつが、その組織らしさ

ただこれは、1つ目の仕様で挙げた、その組織の良い個性がうまく見つけられていれば、この仕様はクリアできていることも多いのではないかと思います。

 

もうひとつ、質の高い大喜利のお題として重要な点は制限のさじ加減

例えば「お客様の幸せを実現します」という言葉だけでは制限がなさすぎて発想が逆にしにくいのではないかと思います。

一方で、例えば先に挙げたシャープですが、「液晶のシャープ」というだけでは大企業としては制限がありすぎて、発想が閉じていたのではないかと思います。

 

上記で「大企業としては」という点を強調したのは、ビジョンの制限のさじ加減と組織規模は密接に関わっていると思うから

 

例えば以下、私の想像ですが;

「一瞬も一生も美しく」というのは美容部員やマーケティング部門、商品開発部門等は、それだけで様々な発想が生まれ、主体的な行動ができそうです。

一方、財務部門や製造部門においては、もう少し段階を踏んだ解釈が必要になりそうな気がします。

 

また;

セブン-イレブンの「いい気分」も、まだ「コト」よりも「モノ」の方が重視されるような市場にエントリーしていくならば、その海外拠点において再登場させるのも納得感があります。

一方で、「コト」についても充足されているような市場において使い続けるのであれば、ビジョンとしては物足りないかもしれません。

 

ですから、組織の規模や部門間、(海外)拠点間それぞれのやっていること、取り巻く環境の違いが大きければ、全体ビジョンの枠組みの中で、各部門、各(海外)拠点それぞれのビジョンを見つけることも重要になります

 

 

まとめ、一番大事なポイント、次回予告

多くの組織で掲げられているビジョン、経営理念、経営方針、ミッション、バリュー、クレドなど内容は素晴らしいのに、それが経営資源として十分に活用されていないように思います。

その理由は、それらがどのように機能してほしいのかという観点から作られていないことにあると思っています。

 

一方で戦略、計画がすぐに思い通りにいかなくなるVUCAにおいては、組織全体での旗印の重要性はさらに高まっていると思います。

 

ですから今回は、ビジョンというものを機能と仕様から定義することによって、VUCAにおいて使えるビジョンを考えていただこうと思いました

 

「使う」「機能」「使用」という言葉から、ビジョンが非常にテクニカルなものに見えたかもしれません。

 

しかし、

もっとも大切なことは、経営者やメンバーが本気で信じて作ったものであることです。

 

今回の機能と仕様による定義は、この「本気で信じて作る」時に正しい方向に行くために、そして仕様が間違っていることによって「伝わらない」ことを防ぐためにあると考えていただければと思います。

 

逆に言えば、これらの機能と仕様がいくら守られても、「魂」が込められてなければきちんと長く機能することはありません。

 

 

さて、次回は「育成の柔軟性」ということを考えていきます。

VUCAにおいて5年後、10年後に必要なスキル、知識が見えにくくなる中、どのように組織のメンバーの育成を考えていけば良いのか?

明確な回答は出ないかもしれませんが、いくつかのヒントが提示できればと思っています。

 

VUCAを生き抜く組織の柔軟性 (4回目)

 

 

<参考文献>

安藤隆 et al. 日本のコピー ベスト500:株式会社宣伝会議,2011

 

NONAKA Ikujiro, The Knowledge-Creating Company: December 1991 Issue

 

MINTZBERG Henry, Crafting Strategy: Harvard Business Review July 1987 Issue

*1 VUCAという言葉が一般的になる前、計画された戦略(Strategy Planning)全盛の時代においても、すでにミンツバーグは、戦略が計画通りに進むことはなく、計画された戦略と現場での状況ごとのその組織の判断の「パターン」が組み合わさることによって、実際の戦略が創り上げられていることを指摘しています。

 

誠文堂新光社編 11人のプロフェッショナルの仕事から伝える 広告コピーの教科書:誠文堂新光社,2015

*2 192ページより抜粋。

 

遠藤諭 ソニー()副社長 高篠静雄氏/月刊アスキー編集主幹 遠藤諭 特別対談:月刊アスキー,2003

https://ascii.jp/elem/000/000/340/340677/2/

*3 こちらのサイトを見ると、ソニー元副社長の高篠静雄さんのエピソードが元のようです。
登場人物や商品は違いますが、似たような会話があったようです。

 

 

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