施策のフォーマットを考え、運用体制を整える
1回目ではグローバル人事施策の目的を考え、2回目では施策選択の視点を解説しました。
最終回は、「施策のフォーマットを考え、運用体制を整える」ことについて解説していきます。
施策のフォーマットを考える
プロジェクト上、新人事制度導入の説明会に立ち会うことも多々ありますが、人事の方たちというのは制度を「ルール」として説明されることが非常に多い。
多くの人は本能的に「ルールで縛られる」ことは嫌なわけで、その結果、社員にとって多くのベネフィットを考えてせっかく導入した制度でありながら、社員受けがあまり良くないということがしょっちゅう起こります。
単にプレゼンテーションの問題だけでなく、施策をどのようなフォーマットで導入するべきかは、その施策が社員に受け入れられるか、期待できる効果が出るかを大きく左右します。
施策のフォーマットを大きく分けると以下の通り;
例えば、下記の目的のために、
グローバル共通のコンプライアンス基準の導入をしようとします。
日本的な考え方から言えば、社員の動機に関わらずルールとして導入すべきと考えがちです。
しかし前回も書きましたが、その国の商習慣にそぐわないルールや、法規以上に厳しいルールの導入は、人材流出のリスクを高める可能性もあります。
そのため、本社へ適切な報告をしない海外拠点が出てくる、海外拠点によってはルールが形骸化するということも少なくありません。
また、それを防ぐためのモニタリング体制の構築と運用にも相応のコストがかかるでしょう。
この場合、むしろ各国の法規を遵守することは最低ラインのルールとしつつも、キャンペーンという形を取った方が最終的な上記の目的を達成しやすいかもしれません。
コンプライアンス遵守をすることでどういったベネフィットがあるのか、また遵守しないことでどのようなデメリットがあるのか、そういうことを特に意識が低い国にある拠点に大々的に宣伝、教育していくわけです。
フォーマットの最終判断は各企業によって異なるかもしれませんが、いずれにしても短絡的になんでもルールとして導入するのではなく、様々なフォーマットの可能性を検討されるのが良いと思います。
もう一つ別の例を挙げましょう。
前回、海外拠点の異動を目的としたグローバルグレーディングは多くの場合費用対効果が悪いといった内容を書きました。
しかし、グローバルで共通の等級体系をモデル/ツール(便利なものなのでできる限り活用してもらいたいが、強制ではないもの)として導入しようとするならば話が違ってきます。
例えば、海外で特許や施設等のアセットはあるが業績が悪い会社をドンドン買収し、立て直すことで事業拡大をしていこうという場合。
買収先ごとにゼロから等級体系を作り人事制度を整えていこうとするのであれば、非常に効率が悪い。
そこにモデル/ツールとしてのグローバル等級体系を持っていれば、マイナーなカスタマイズで効率的に業績改善に向けた人事制度を設定することが可能になります。
このような使い方であれば、グローバル共通の等級体系設計にそれなりの労力をかけても費用対効果は高くなります。
もちろんモデル/ツールなので、事業や人材マネジメントが上手くいっている海外の買収先に強制的に導入する必要はありません。
また、新規の買収先であっても、このグロバール等級体系がそぐわなければ別の等級体系を導入しても良いわけです。
運用体制を整える
本社のグローバル人事の担当者の仕事は、グローバル人事施策の設計と導入に終わるのではなく、本社人事と各国拠点人事の役割分担、運営体制をしっかりと考えておくことも非常に大切な仕事になります。
例えば、海外拠点間の異動における異動者の報酬設定について、担当者の候補は以下のようにいくつも考えられます;
- 派遣元の人事
- 派遣先の人事
- 本社グローバル人事担当者
- 派遣元の人事と派遣先の人事
- 派遣元の人事、派遣先の人事及び本社グローバル人事担当者
一番下の選択肢のように毎回3者が会議するのは効率が悪い一方、派遣元、派遣先いずれかの人事担当だけでは相手国の税務や社会保障の知識が不十分でミスが出る可能性もあります。
色々な状況を想定しながら、誰がどこまでの仕事を担うかということをしっかりと決めておくことは必須です。
この役割分担を考える上で重要なのが、1回目の冒頭で書いた「個別の海外拠点の人事活動は、グローバルではなく海外のローカルのこととして、「グローバル人事」とは別物」という視点です。
どこまでを「個別の海外拠点の人事活動」と捉えるのか、自身の組織の考え方できっちりと定義しておくことで、自然と役割分担を考えやすくなります。
その際、画一的に海外拠点を扱わないというのも大事な留意点になります。
前回、本社でグローバル共通施策を作り、運用は各国拠点に任せるとしても、特に規模が小さい拠点では運用がままらないことが多いといった内容を書きました。
そもそもそういった拠点は内容によっては対象からはずすという選択肢もあります。
ただ、どうしても対象に含めなければならないことであるならば、拠点の規模や在籍する人事担当者の実力に応じて、グローバル人事チームが介入、サポートする度合いをしっかり変えていくことも必要になります。
もっとも、多くの日系企業にとってグローバル人事担当のチームは人員が少なくカツカツの状態で仕事をしていて、海外拠点のサポートなんてできないということも少なくないようです。
少し蛇足になりますが、これは日本国内の人事オペレーションの下や脇にグローバル人事チームが置かれている人事全体の組織体制に問題があるからです。
本来ならグローバル人事担当チームという大きな傘の中に、日本「支社」のオペレーションを担うチームが置かれるべきでしょう。
この話は大きなテーマになってしまうので、また別の機会に取り上げたいと思います。
話を元に戻しますが、運用体制を整えるというのは単にグローバル人事チームと海外拠点の役割分担だけではなく、必要な業務に対して十分な陣容をグローバル人事チームも持てるように経営に訴えることも重要です。
本テーマのまとめと、一番のキホンの『キ』
全3回に渡り、「グローバル人事」に関わる領域を明確にた上で、「グローバル人事」の施策を構築・運用していくべきか、基本的なポイントを解説してきました。
今回書いてきたことは、端的に言うと「目的を見極め、費用対効果を考えて施策を立て、適切な方法と体制で施策を運用していきましょう」ということです。
グローバル人事という言葉に身構えず、当たり前のことを当たり前の順番で進めていくことがとても大切です。
その上で、グローバル人事を行う上で一番大切なキホンの『キ』があります。それは
海外拠点の現地社員と密にコミュニケーションを取り、現地に足を運び、海外拠点がある国々について詳しくなることです。
私は極端は現場主義者ではないですし、リモートでできることはリモートですれば良いと思っています。
ただ、海外拠点、海外拠点がある国の「普通」をある程度適切にイメージできるようになるためには、現地に行くことは不可欠だと考えます。
例えば、「工場は整理整頓できている」「遅刻早退はない」という言葉を海外拠点の現地社員が言ったとします。
しかし実際に現地に行ってみると、「ごみは確かにゴミ箱に捨てられているが、工具は乱雑に置かれている」「たしかに終業ベルが鳴ってから皆帰るけれども、15分前から帰りの支度をしている」という状態を発見するといったことはよくあります。
現地社員がうそを言っているわけではなく、それが周りの会社や工場を見渡しても普通なのですから、「できている」「問題がない」という判断になるわけです。
すべての海外拠点に行く必要はないですが、同じ言葉に対して日本と海外拠点では具体的な状況の認識のギャップがあること理解し、そのポイントをかぎ分けられるぐらいには、現地社員の話を聞き、現地を見ることが必要だと思います。
そうすることで初めて、適切な目的、施策、方法、体制を見極められるようになると思います。
以上がグローバル人事のキホンの『キ』になります。
グローバル人事に携わる方々の参考になれば幸いです。